機関誌「精神保健福祉」

通巻96号 Vol.44 No.4(2013年12月25日発行)


目次

巻頭言  知不足ということ/柏木 昭

特集 生活支援再考−我々は「生活のしづらさ」を理解できているか?

〔総説〕
豊かな人生支援を目指して−環境醸成の側面から「生活のしづらさ」を再考する/松本すみ子
「生活のしづらさ」再考−生活支援論から学ぶもの/江間由紀夫

〔各論〕
生活のしづらさをどう理解するか−アセスメントにおける位置づけ、支援計画のあり方/丸山ひろみ
生活支援とかかわり−生活のしづらさを共有する援助関係/妹尾 和美 生活支援におけるゴール/吉澤 浩一

〔実践報告〕
地域活動の視点から考える生活のしづらさ/吉澤 健治
「生活のしづらさ」という言葉との出会いと、今の私の考えていること/内山 澄子
ありがとうを求めない−その人らしさを見つめて/青戸  忍
しあわせに暮らしたい/木村 雅昭
生活のしづらさにならないように.訪問支援における実践報告/長谷  諭

トピックス
障害者基本計画について/木太 直人
生活保護法の改正/木太 直人

誌上スーパービジョン
親子両者へかかわること−母の想いを受け止めながらも息子の気持ちを聞き取ることに悩んだケース/スーパーバイザー/柏木  昭

研究ノート
PTAのメンタルヘルスリテラシー−現状調査と向上のための取組み/足立 孝子

情報ファイル
全国公的扶助研究会主催 2013年度総会記念シンポジウム/田村 綾子
第6回全国精神保健福祉家族大会「みんなねっと大阪大会」/寺西 里恵
日本社会福祉学会第61回秋季大会/松本すみ子
日本デイケア学会第18回年次大会松本大会に参加して/松永 宏子
第56回日本病院・地域精神医学会総会に参加して/田村 恵里

リレーエッセイ/紆余曲折/菅原 資浩 連載/実践現場からのつぶやきコーナー「P子の部屋」
・協会の動き/坪松 真吾、この1冊/三井 克幸・大塚 直子
・投稿規定
・協会の行事予定、想いをつなぐ.災害とソーシャルワーク/訂正とお詫び、『精神保健福祉』総目次/通巻93〜96号


巻頭言

知不足ということ

日本精神保健福祉士協会名誉会長/ 聖学院大学総合研究所 柏木   昭

 「我々は『生活のしづらさ』を理解できているか?」。本号の特集企画テーマの副題である。ソーシャルワーカーである精神保健福祉士(以下、PSW)が、専門職としてこのことを知らないでは済まされない。企画の冒頭(リード)にもあるように、「生活のしづらさ」は谷中輝雄の発案であり、その中心的な思想である。PSWは日常的にこの言葉を使っている。これを知らないPSWは、言葉は悪いが、“もぐり”といわなければならない。いや、もう少し突っ込んでいえば、この用語を知っているつもりが、実はその真義を知らないで使っているかもしれないのである。これは恐ろしい。

 「生活のしづらさ」という言葉は地域生活を望むクライエントの企てを、心底手伝いたいと思うPSWが、これから始めようとする地域生活の前途には、幾多の困難な事態が存在することを、きちんと相手に知らせ、共に状況を読み、その上で方策を吟味しようとする協働の寛容さと勇気が、PSWにあるかどうかが問われるものなのである。そして、これが相手クライエントにとって意味のあるものになるかどうかは、ソーシャルワーカーの側に豊かな感性が伴っているかどうかにかかっている。知識的にも実践的にも、この意義が身についているときに、それは「クライエント自己決定の原則」につながるものとして、PSWの「専門性」の要訣というにふさわしい。この用語の真義を知らないで使っているPSWがいるかもしれない。

 専門性は相手クライエントや、地域の人々に対する暴力装置でもあることを弁えるべきであろう。知識としてだけではなく、特に実践の場面で、クライエントと対話を交わすときに、この「生活のしづらさ」という用語の真の意味を活かしたい。これが身についていないと、クライエントを「生活をしづらいと思う能力的な弱者」として見下す、似て非なる専門家に堕してしまうのである。

 自らの足らざるを知ること。知不足をもって相手クライエントにまみえたい。

特集 生活支援再考.我々は「生活のしづらさ」を理解できているか?

 「生活のしづらさ」。故谷中輝雄氏が社会福祉の立場から精神障害に向き合い、従前の疾病概念とは違った形でこの言葉を用いたことは、当時のPSWのみならず、日本の精神保健福祉関係者にとって、精神障害を福祉の対象として支援を展開していく大きなヒントとなった。また、病気や障害としての理解からではなく、生活者として出会う困難に焦点を当て、その人なりの生活を支える方法として「生活支援」が提唱され、その言葉を多くの人が知ることとなった。現時点において、「生活支援」という用語は関連法制度や実践現場においてごく一般的に使用されている。

 一方、ストレングス視点やエンパワメントアプローチの導入により当事者の力に注目した支援のあり方が目指されるようになり、精神障害者の地域生活支援は広がりをみせようとしている。しかしながら、その一方で精神障害を抱えることのつらさ、大変さを生活者の視点でとらえるという本来の「生活のしづらさ」に込められた意図が見えづらくなっているようにも見受けられる。単に生活の場を病院から地域に移し、福祉サービスを利用すること等で「生活支援」が成り立つのではなく、地域においてその人らしい生活を成り立たせることが必要である。「生活のしづらさ」とは、精神障害のみで引き起こされるものではなく、社会との接点において生じるものでもある。この、地域で当事者が直面する数々の生活のしづらさを軽減・解消していくことが、私たち精神保健福祉士には求められている。

 本特集では、改めて精神障害のある人の「生活のしづらさ」に焦点を当て、その理解の上に成り立つ「生活支援」のあり方についてさまざまな方向から考えてみた。本来、精神障害者が抱える「生活のしづらさ」とは何であるのか? この言葉が生まれてきた時代背景、当事者や家族を取り巻く社会環境、そして実践の変化の中で「生活のしづらさ」はどのようにとらえられてきたのか。本特集において、「生活のしづらさ」について改めて問い直すことで、精神保健福祉実践のさらなる質の向上につながることに期待したい。

(編集委員:向井 克仁)


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