機関誌「精神保健福祉」

通巻92号 Vol.43 No.4(2012年12月25日発行)


目次

巻頭言  生活の言葉/田村綾子

特集 精神保健福祉士として生きる―悩み、ゆらぎからの創造

〔総説〕
精神保健福祉士を取り巻く状況―「閉塞感」を乗り越えていくために/岩本操
精神保健福祉士が経験を通して成長していくプロセス―葛藤や悩みとの向き合い方/横山登志子

〔座談会〕
新人の体験、そして思い/阿南理絵・笠井亜美・佐瀬義史・原広賢・福徳理恵、司会・渡部 裕一/向井 克仁

〔62号座談会参加者の、その後〕
悩みもつながれば/毛塚和英
62号特集企画からの8年を振り返って/吉家 洋
2005 年からの振り返り―PSW って何をする人? 再考/宅間(田村)奈巳

〔新人を育てる―現場での工夫そして願い〕
新人と、共に悩める専門職でありたい/横山基樹
「成長」と「育成」の間で/向井克仁

〔教員の思い―現場での工夫、そして願い〕
ソーシャルワーカーの価値/名城健二
自分という武器を磨くことの大切さ―「クライエントから学ぶ」ことのできる感性と誠実さ/栄セツコ

誌上スーパービジョン
就労したいという思いに寄り添い続けるかかわりを振り返る―失敗も成功も思いを共有し続けることの意義─スーパーバイザー/柏木昭

トピックス
平成24年度診療報酬改定について/今村 浩司

研究論文
当事者が望む精神保健福祉士のかかわりに関する参加型アクションリサーチ/飛田義幸・八重田淳
企業における精神障害者の就労定着支援に関する研究 ―1年後のフォローアップの調査から/片山(高原)優美子

情報ファイル
「第55回日本病院・地域精神医学会総会」について/下平真己
「第27回ASW協会全国研究大会」報告/鶴 幸一郎
日本社会福祉学会 第60回秋季大会/森田 和美

リレーエッセイ/変わらぬ思いを胸に/三島智子
連載/実践現場からのつぶやきコーナー「P子の部屋」
・協会の動き/坪松 真吾、この1冊/井上 牧子・渡邉 俊一
・投稿規定
・協会の行事予定/想いをつなぐ〜災害とソーシャルワーク〜(4)

『精神保健福祉』総目次/通巻89〜92号


巻頭言

生活の言葉

社団法人日本精神保健福祉士協会第二副会長/聖学院大学 田村 綾子

 11月のある日、一人の中国人留学生の入試面接を担当しました。流暢で情感のこもった日本語会話の力は、昨年5月初めに来日して以来の勉強によるものと聞き、韓流スターのような服装の若者に底知れないエネルギーを感じました。

 面接の終わりに、私はふと思いついて、来春の入学に向けて福祉関係の本を日本語で読んでおいてはどうかと提案しました。彼は首を横に振り「私はまだ標準語の日本語しかわからない。先生たちは標準語だけど、私は老人と会話するボランティアをしたい。老人の言葉はわからないです。それは生活の言葉だからです。私は日本で暮らしながら、日本の生活の言葉を話せるようになりたいです」と語りました。

 この言葉は、私の心の奥深くに染み込んできて、あたたかく残りました。

「生活の言葉」

 人の言葉には、その人の暮らしが表れる。共に暮らし対話を重ねる中で、その人に特有の言い回しや一つひとつの言葉に込められた思いを、わがこととして理解できる。これは想像を伴う理解を超え、現実感に満ちた共感的理解といえるものではないか。

 安直に読書を勧めた自分を恥じ入りつつ、彼が震災直後に来日するには放射能を心配する両親の反対を押し切った、と語ったこともあって、私は東北を思いました。
 昨年、私は本協会から南相馬に派遣してもらいました。そこで出会った方々のお一人ずつのお顔や声を今も思い出します。どうか、避難所から安定した場所に移っていてください、仮設の住居に今も居られるとしても、そこで近隣の方々と希望をつなぐ暮らしを見つけていてください……。と、そんな祈りを続けてきました。

 あの時に交わした方言混じりの会話は、確かに高齢な方になればなるほど聞き取りにくかった、でも原ノ町で寝泊まりし、毎日同じ風景の中を走って避難所や応急仮設住宅に通ううちに、会話の背後にある静寂さや緑豊かな景色が私の中に溶け込んできて、暮らしの実感を伴った理解ができるようになった、そのことを思い出しました。

 改めて、故郷を奪われ、故なくスティグマを負わされた方々の―放射線の見えない脅威の中で日々を送る方々の―お気持ちを思います。今は遠くにあって生活を案じることしかできませんが、南相馬をこれからも訪ね、できるだけの時間を過ごしながらそこでの生活の言葉に耳を傾けたい。被災地ではないところで生きる私たちが、この時代にあるソーシャルワーカーとして何を軸に歩めばよいのかを問い続けたいと思います。「生活の言葉」を聞き、語り合いながら。

特集 精神保健福祉士として生きる―悩み、ゆらぎからの創造

 2012(平成24)年度から、精神保健福祉士養成の新カリキュラムがスタートした。ますます多様化・複雑化する精神保健福祉問題の支え手・担い手として、これまで以上に実践力や即戦力などの期待が高まっているという背景がある。しかし実際には、一定のカリキュラムのみで精神保健福祉士が必要とする知識や技術が習得しきれるものではない。国家試験に合格し、精神保健福祉士としてのスタートを切ったということは、すなわち精神保健福祉士として生きることを自ら選択し、日々そのあり方を問い続け、手探りの実践を続けていくという、言わば挑戦と苦悩の扉を開いたに他ならない。そして現状としては、精神保健福祉士としての歩みを始めたものの、ゆらぎというバランスを保てず立ちすくんでしまう人や、ひとりだけの職場で日々奮闘している人も少なくないであろう。そして、このような新人精神保健福祉士たちのゆらぎや苦悩を受け止め、支えるための機会や人材が充実している現状があるとは必ずしも言えない。ゆらぎや苦悩を抱えこんだまま、日々の実践の中で奮闘している人も少なくない。

 本特集は、こうした現状におかれている新人精神保健福祉士に焦点を当てる。国家資格を取得し、現場での実践経験を3〜5年程度積んだ精神保健福祉士(大学卒業者・大学卒業後専門学校にて資格取得した人、何らかの社会人経験などを有したのちに、専門学校などで資格を取得した人、その他、他の仕事に就いた後、精神保健福祉士の職に就いた人など)に焦点を当てた。精神保健福祉士としての扉を開けたこのような新人たちが、どのような困難を抱え、何に悩み、ゆらぎ、どのような壁に直面しているのかを明らかにし、同時に、かつて同じような状況にあった精神保健福祉士が、どのようにそれを乗り越え現在に至っているのかを多様な角度から検証した。当然のこと、「壁」だけでなく、やりがいや希望にも言及した。このことを通して、新人が今後の成長の道筋をイメージできるようになることを、そして「元気に、安心して悩んでもらえるように」という願いを込めた特集である。

(編集委員:松本すみ子)


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